目次
4-3 パリ大学医学部の科学的耳鍼(耳介療法)教育プログラム
4-1 鍼の法規制
- 法律により鍼は規制管理されており、医師、助産師により病院で提供される1)。
- 開業していた非医師の鍼施術者は、 2001年の法律により違法となり、2010年最高裁判所の判決により鍼は医師に限定された医療行為であり、医師、助産師、獣医師のみが鍼施術をできることになった1)。
- 非医師の鍼施術は明確に違法になったにもかかわらず、多くの非医師が鍼施術を続けている2)。
- 医師会は1950 年から鍼を医師に追加された医療行為、医療資格として見なしている1)。
- 2007年4月26日の法令により、医師会は鍼の卒後研修を修了した医師に国家資格となる鍼の専門教育修了証(ディプロマ)を与えている1)。
- 鍼は公的医療保険制度の償還払いの対象となっている1)。
4-2 医師の鍼教育
- 鍼のディプロマを取得すための教育は3 年間で、1年目は75時間の基礎教育(理論、臨床実習、試験)で試験に合格すると大学共通の資格が得られ、2年間の教育課程に進むことができる3)。
- 2年間の教育課程は鍼の臨床能力を養成する課程で、大学により教育内容は異なっており、受講したい教育を選択する3)。
- 婦人科医、産科医、助産師を対象に婦人科学および産科学の鍼の専門教育がParis XIII (Bobigny), Strasbourg, Lille, Rouen, Nantes, Montpellier-Nîmes などの大学で開講されており、1年間(130時間の理論、半日の臨床実習を8日間)の教育を実施している3)。
- 医師、歯科医などを対象とした科学的な鍼の臨床教育は、University Paris XI (Kremlin-Bicêtre) 、Lyon I 、Harvard Medical Schoolが連携して開講しており、麻酔、呼吸器、循環器、運動器、産婦人科などの専門分野における医学的・科学的な鍼理論と臨床教育を1年おこなっている3)。
- 耳鍼(耳介療法) は2年間、 Paris XIIIと連携してParis XI、リヨンのGLEM(Groupe Lyonnais d’EnseignementMédical)で教育している3)。
4-3 パリ大学医学部の科学的耳鍼(耳介療法)教育プログラム
- 医師(doctors of medicine)を対象とした教育機関独自の学位(DIU:Diploˆme Inter Universitaire )を授与する耳鍼(耳介療法)の 教育プログラムで、2006年に認可された。パリ第13大学とパリ第11大学の医学部が共同して提供する。対象が医師に限定されているのは、生理学、病態生理学の知識を基礎とした耳介療法の臨床診断と治療計画が行える医療提供者を選択するため4)。
- 教育期間は2年間 228時間で、毎年、11月から5月の7週末に教育が実施される。パリ大学の教員は、耳介療法は根拠に基づいた医療と考えており、耳介療法の科学的基礎と広範囲にわたる学修を深める教育プログラム。1年次では耳介療法の基本的な生物学的基礎(発生学、解剖学、遺伝学、神経生理学)が教育される。2年次では全ての医学分野(神経学、循環器学、内分泌学、呼吸器学、小児科など)に関連する耳介療法の臨床応用が教育される。特に病理学、病態生理学、診断、治療計画を含めた臨床症例の検討に重点が置かれている4)。
- 教育プログラムは週末の200 時間で構成され、主に大学の教室で教育されるが、メディカルセンターと病院でも教育が行われ、耳介療法を実施した患者を追跡評価し、効果を評価する機会が与えられている。また、28時間以上の病院での臨床教育では、ヨーロッパ最高の研究と癌診療の教育を実施している病院で、耳介療法が癌による苦痛や疼痛の緩和に有用だけでなく、化学療法、放射線療法、手術等の合併症や癌治療の副作用に対して有用であることを学ぶ他、様々な問題をかかえる患者の治療戦略を学ぶ4)。
- 最終段階では、調査研究により自分の課題を検証することが指導され、例えば、耳介療法の脳機能イメージング、様々な臨床試験、内科疾患・神経疾患・精神疾患の耳介療法、新しい治療技術などの調査研究が行われている4)。
- 教育プログラムのクラスは様々な専門分野を持つ医師である25 名の学生により構成されており、法律で鍼は医師に制限されていることから、理学療法士など他の医療従事者は参加する資格はない4)。(表1)
表1 パリ第11、第13大学の科学的耳介療法プログラムの参加者
(2013年~2014年)(N=42)
4-4 鍼施術をする医師
- 2007年~2008年に一般開業医を対象に実施された全国調査によると、回答した一般医804名は、従来の西洋医学のみで臨床する医師が196名、西洋医学とホメオパシーを混合して治療する医師は352名、ホメオパシー認定医は256名であった。鍼の臨床を毎日または頻繁に実施しているのは、西洋医学のみで臨床する医師の2.0%、西洋医学とホオパシーを混合して臨床する一般医の9.9%、ホメオパシー認定医の34%であった5)。
4-5 鍼の利用
- 1985年から1992年の間の世論調査のデータを基に、P. Fisherらはフランスでは人口の21%が鍼を使用していると報告している6)。
- 2017年から2018年に癌研究所(Lucien Neuwirth Cancer Institute)で治療を受けたがん患者200人のCAM使用についての調査によると、83%(166名)に、CAMの使用経験が有った。鍼の受療経験者は38%(76名)で、鍼受療経験者の68%(52名)はがんの診断前から鍼を受けおり、がんの診断後に鍼を受療したのは32%(24名)であった。鍼受療の頻度は、1回だけ受療した患者は51%(31名)で最も多く、次いで多かったのは、毎年、受療している患者36%(27名)であった7)。
(補足)フランスの医学教育
フランスの医学教育は第1 課程( 学士課程; 第1~3 学年),第2 課程(修士課程;第4~6 学年),第3課程(博士課程;専門科により第7~12 学年)から構成される。医学部入学後,9 年で総合医,10年~12 年で専門医になることができる。7 年次からは専門科インターン研修(第3 課程)を行い、3年の病院研修を修了し、理論的教育を受け、課程の終わりに博士論文を提出し、総合医学位審査が行われ総合医教育修了免状が授与される。医師国家試験はなく、医師会に登録して医療に携わる。専門科ごとに免状と修業年数は定められており、専門医は4年から6年の病院研修がおこなわれ課程修了時には博士論文を提出し、専門医学位審査が行われる。フランスでは学位論文の提出が医師資格の取得に必要となっているが、学位はM.Dであり、PhDではない。(文献8~10より)
文献
1) Wiesener S, Falkenberg T, Hegyi G, Hök J, Roberti di Sarsina P, Fønnebø V. Legal status and regulation of CAM in Europe. Part I – CAM regulations in the European countries. A pan-European research network for Complementary and Alternative Medicine (CAM). 2012.
https://cam-europe.eu/wp-content/uploads/2018/09/CAMbrella-WP2-part_1final.pdf
(2020-07-29)
2) Emilie Cloatre, Francesco Salvini Ramas. The regulation of acupuncture in France and the UK: Shifts and fragmentation in contrasting healthcare systems. Medical Law International.2019;19(4):235-257
https://journals.sagepub.com/doi/pdf/10.1177/0968533220903373
(2020-08-07)
3) ICMART LEXICON of Medical Acupuncture, France
https://www.icmart.org/files/icmart_lexicon_medical_acupuncture_-_france_1.pdf
(2020-08-5)
4) Gary Stanton,and Claire-Marie Rangon. The Scientific Auriculotherapy Diploma Program of the Universities of Paris XI and XIII. MEDICAL ACUPUNCTURE. 2014;26(2):118-24
5)Lert F, Grimaldi-Bensouda L, Rouillon F, Massol J, Guillemot D, Avouac B. et al. Characteristics of patients consulting their regular primary care physician according to their prescribing preferences for homeopathy and complementary medicine. Homeopathy. 2014; 103(01): 51-7
https://www.libriomeopatia.it/data/pdf/Homeopathy%202014.pdf (2020-07-30)
6)Fisher P, Ward A. Complementary medicine in Europe. BMJ;1994.309:107-11.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2540528/ (2020-07-30)
7) Gras M, Vallard A, Brosse C, Beneton A, Sotton S, Guyotat D. et al. Use of Complementary and Alternative Medicines among Cancer Patients: A Single-Center Study. Oncology. 2019;97(1):18-25.
8)鈴木利哉、奈良信雄:卒前教育・卒後臨床研修のシームレスな連携と診療科・地域の医師偏在解消を目指すフランスの医学教育、医学教育. 2014;45(3):201~206
https://www.jstage.jst.go.jp/article/mededjapan/45/3/45_201/_pdf (2020-08-17)
9)医療. campusfrance org. 2012
http://fichiers.institutfrancais.jp/campusfrance/medecineJP.pdf (2020-08-17)
10)Doctorate Degrees and PhD Programs in France、GradSchools.com
https://www.gradschools.com/doctorate?countries=france (2020-08-20)